ジャヤワルダナ 大統領 (1)

1951年サンフランシスコ講和会議にセイロン代表として出席したジャヤワルダナ 大統領 (当時蔵相)は、その際の会議演説で「日本の掲げた理想に独立を望むアジアの人々が共感を覚えたことを忘れないで欲しい」と述べ、また、「憎悪は憎悪によって止むことはなく、慈愛によって止む」という法句経の一節を引用して、セイロン(現スリランカ)は日本に対する賠償請求を放棄する旨の演説を行って各国の賛同を得ました。この演説によって講和会議の流れは変わり、戦勝国は日本占領に対する考えを変え、日本は分割統治されずに済みました。日本が国際社会に復帰できる道筋を作ってくれたのが、ジャヤワルダナ 大統領だったといっても過言ではないかもしれません。講和会議の後、時の首相 吉田茂は「日本人はこの大恩を後世まで忘れてはならない」と発言しています。

 
 

 

 

 

 

ジャヤワルダナ 大統領(2)

スリランカ国民からも多大な支持を得ていたジャヤワルダナ 大統領は、数々の功績を残し、1996年他界。 国葬には、福田康夫元総理大臣(当時総理特使)が参列しました。 彼の遺志に基づき、角膜が提供され、 片眼はスリランカ人に、もう片眼は、日本人に、その理由は、日本の今後を見てみたいからと言うことでした。ジャヤワルダナ大統領の日本への愛を感じますね。 スリランカの献眼協会は、現在でもスリランカ人から提供された角膜を 国内外へ無償で贈る運動を行っており、 わが国にもこれまで約2,800の角膜が送られているそうです。

 
 

 

 

 

 東京オリンピックキャンプ地

戦後世界で一番早く正式に日本と外交関係を結んだのはスリランカでした。それは、日本とスリランカの深い絆でもありました。そして今回、東京オリンピック2020年日本での最初のキャンプ地決定もスリランカでした。しかも嬉しいことに、我が千葉県山武市でした。当社GMのダンミカも、女優のお母さんと共に、山武市を表敬訪問させて頂きました。これも何かのご縁でしょうか、東京オリンピック、スリランカ選手の活躍を祈っています。